弓月愛の光りの輝き

“常識“より大切なこと。それは、“真実“…

世界のペルソナと、真実を知ることへの苦悩の旅

人の笑顔もペルソナだとすれば、世界の創造物にもペルソナが被せられている


私がこの世界(スピリチュアル)に入ってから、およそ35年になる。

その間、ある一心に唱えてきた一文があるので、ご紹介しようと思う。


“真諦(しんてい)を得せしめ給え”


真諦とは、真実を指す。
「真実を教えてください」という意味である。


祈りの一文は、他にもあるのだが、私が“弓月愛”となって、もうすぐ一年になるが、この弓月愛である私は、ひたすらに、この真実に向かって生きてきたように思う。

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【真実を知ることの苦しさ】

そんな私が、スピリチュアリストになって、大変、つらい思いをすることになった大きな理由のひとつが、この真実を知り続けるという苦しみにある。


私はよく、私の周囲の人たちに、

“常識と真実は違う”ということを、話している。


現実世界では、常識がものを言い、
実は、真実が、都市伝説やらオカルトやらと揶揄させることが少なくない。

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【みんなが喜んでいることが幸せとは限らない】

今日は、そんな大げさなことでなく、いわゆる『世界の名作』についての真実を知ってしまったゆえの、孤独感に苛まれていることを、告白したいと思う。


今回気づいてしまったのは、世界中で観られている往年の人気映画作品だが、それまでは気づかなかったのだが、観れば観るほどに、具合が悪くなって仕方がない。


エネルギーを測ったところ、決して人々を幸せに導いてくれるような、本来は、珠玉の名作などではないのである。


よく、作品自体に悪魔がついているものがあるから、そちらも疑ったのだが、そのことに関しては、とりあえず大丈夫なようで、人気がある理由としては、多分に強い龍の力が関与していたことがわかった。


美しい映像や、演者のうっとりとした表情、また、壮大な音楽♪などによって、視聴者はその真意を誤魔化されてしまう。日本の小説や、ミュージシャンたちのプロモーションビデオなどにも、無意識的に、もしくは、巧妙に意図された、魂のレベルを下げる力を放つ作品が、喜んで観られていたりするのだ。

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【みんなが喜んで堕ちていく世界】

私が、かつての生業であった占い師を辞めてしまったのも、みんなが素晴らしいということが、実は素晴らしくないということがわかり、みんながくだらないと言っているものが、実は、素晴らしいエネルギーを放つ作品だったりすることが分かったからだ。

どんなに口で説明しても、人間には、何が善であり、何が悪なのかが、理解出来ない。


羨ましかったり、CMや流行にのせられて、みんながそれを、素晴らしいと思い込んでしまう。

食べ物でも、趣味でもそうであるが、大方、魂のレベルを下げ、身体や心を壊すような、製品のほうが、みんな喜んでお金を出すのである。


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【一流が人を不幸にすることもある】

名作とは、人類の叡智(えいち)であるとばかり思いこんでいたのだが、もはや、世界の一流の何たるか?が、信用できなくなってきた。

喜んでいる人たちを見ると、それが彼らの幸せであるならば、私はその幸せを壊すまい…とさえ、想い。私自身、口を閉ざすことで、この世の平静を保っているような気がしてならない。


誰かの創作した、ステレオタイプの正しい生き方に、かえって苦しめられている人がいることを、このブログにたどり着いた方であるならば、理解出来る方がいらっしゃるかも知れない。


本当の善を知り、悪を遠ざけていく惟神(かんながら)の道を、神道というが、神々の御座(おわ)します高天原の方向へと、迷いつつも日々、向かって生きている人たちの、どれだけ、少ないことか…。


弓月愛(ゆづきあい)すぴりちゅあるひーらー